2007年 03月 07日 ( 1 )

回想③入院・手術・退院

【4月4日】有休をとってくれた次女と前日に大学生になったばかりの三女に付き添われて
     次女の運転する車で病院へ。

     病室は二人部屋。8日間の入院中に隣のベットに入って来る人はいなかったので一
     人部屋のようなものだった。
     殆ど毎日次女が洗濯物をもって通ってくれたので寂しいということはなかったが、夜
     はさすがに不安だった。
【4月5日】テクネシウム-フチン酸の注射とリンパ管シンチグラフィ-撮影(センチネルリンパ
     節生検のための処置)

     夕方7時S県からかけつけた夫・長女・次女・三女同席でK主治医より手術の説明を
     受ける
     さすがに大学病院。こんなのもあった。
  ≪手術・検査等で採取された組織の寄贈及び診断・教育・研究のための使用の同意書≫
【4月6日】手術 午後1時より所要時間2時間
     朝食はなし・浣腸なし  
     次女がキレイに爪にア-トしてくれた。
     ピンクの下色に桜の花と花びらが散っている
     生まれて初めてこんなにきれいな衣装を纏った私の爪。バレ-ボ-ルのアタッカ-で
     夫より指も指輪のサイズも大きい
     10本の指に花が咲いた。でも看護師さんから爪の色で健康状態を確認するから
     取ってくださいと指示された。
     無理を言って1本だけ左の薬指を残してもらう。

     朝から寄り添ってくれた家族とG県からわざわざ新幹線で来てくれた親友Rさんの
     見守る中手術室に運ばれる。
     「sakiさん。センチネルでできましたよ。」との主治医の声で意識が戻った。

     病室に戻ると家族と親友が顔を覗き込む。
     痛みは全くまだない。尿の管と袋が腰から下につながり青い液が溜まっていた。
     ドレ-ンは付いていなかった。
     手術直後、主治医が手術室から出てきて家族に今取り除いた私の細胞と脂肪を
     みせてくれたそうだ。
     全体にピンクでがん細胞は白。きれいだったけど気持ち悪かったそうです。
     念のためにもらった安定剤は服用することなくいまも家の冷蔵庫にある。ただただ
     眠りこけて気が付いたら次の日の朝
【4月7日】手術翌日 朝食が美味しかった。自動販売機でコ-ヒ-を買ってきてもらい
     みんなで飲んだ。忘れられない味。
 
     主治医の消毒の回診で、初めて手術跡を見ると0.3×2cmの白いテ-プが
     傷跡10cmの間を縦に無数貼られていた。
     
     昼間は次女がいるので話し相手がいた。たまに二人で一つのベットに熟睡し看護婦
     さんに笑われる。
     今年の花見は病室から見える遠くの三本の桜の木。ピンクのつぼみから
     白く華やかな開花した桜。そして桜吹雪まで。
     勿論左手の薬指の可愛い桜。病室に一枚ずつ落としていったみたいだが。

     6人部屋のKさんに話しかけられて同病と知った。Kさんに紹介されて同室の人から
     いろいろな情報をいただく。
     次の日もKさんが迎えにきてくれて病院内を探検した。連絡先も聞けずに退院して
     しまったがどうされてるかな。

【4月11日】退院 
     今日は離れて住んでいる長女がタクシ-で迎えにきた。
     「なかなか休みが取れず家の事全てを次女任せにした事を申し訳ない。」
     といって謝ってくれる。

  

私はひとりで子育てしてきたと思っていた。
いつもはなんにもしないで文句ばかり言ってる娘達。
父親役も母親役もひとりでかたに背負ってきたくらいに思っていた。
私が皆をずっとずっと守っていたと思っていたのに
3回のお産のときも1日も病院に来なかった忙しい夫は、私がこの病気になってから何回も休みを取り来てくれた。
三女も慣れない大学生活のなか必要なガイダンスを受けながら夕方には必ず顔を見せ、
学校のことなど面白い話で私を笑わせてくれた。

皆に守られて包まれて有難う~☆

と思っていたら退院したら直ぐまたわがまま娘に戻っている。
(でもこの時の事は忘れません。m(_ _)m )
夫はあれから変わらず優しく変身したままでいる。どうぞこのまま変わりませんように。
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by saki0729break7 | 2007-03-07 16:58 | 乳癌治療の日々