カテゴリ:乳癌治療の日々( 36 )

回想③入院・手術・退院

【4月4日】有休をとってくれた次女と前日に大学生になったばかりの三女に付き添われて
     次女の運転する車で病院へ。

     病室は二人部屋。8日間の入院中に隣のベットに入って来る人はいなかったので一
     人部屋のようなものだった。
     殆ど毎日次女が洗濯物をもって通ってくれたので寂しいということはなかったが、夜
     はさすがに不安だった。
【4月5日】テクネシウム-フチン酸の注射とリンパ管シンチグラフィ-撮影(センチネルリンパ
     節生検のための処置)

     夕方7時S県からかけつけた夫・長女・次女・三女同席でK主治医より手術の説明を
     受ける
     さすがに大学病院。こんなのもあった。
  ≪手術・検査等で採取された組織の寄贈及び診断・教育・研究のための使用の同意書≫
【4月6日】手術 午後1時より所要時間2時間
     朝食はなし・浣腸なし  
     次女がキレイに爪にア-トしてくれた。
     ピンクの下色に桜の花と花びらが散っている
     生まれて初めてこんなにきれいな衣装を纏った私の爪。バレ-ボ-ルのアタッカ-で
     夫より指も指輪のサイズも大きい
     10本の指に花が咲いた。でも看護師さんから爪の色で健康状態を確認するから
     取ってくださいと指示された。
     無理を言って1本だけ左の薬指を残してもらう。

     朝から寄り添ってくれた家族とG県からわざわざ新幹線で来てくれた親友Rさんの
     見守る中手術室に運ばれる。
     「sakiさん。センチネルでできましたよ。」との主治医の声で意識が戻った。

     病室に戻ると家族と親友が顔を覗き込む。
     痛みは全くまだない。尿の管と袋が腰から下につながり青い液が溜まっていた。
     ドレ-ンは付いていなかった。
     手術直後、主治医が手術室から出てきて家族に今取り除いた私の細胞と脂肪を
     みせてくれたそうだ。
     全体にピンクでがん細胞は白。きれいだったけど気持ち悪かったそうです。
     念のためにもらった安定剤は服用することなくいまも家の冷蔵庫にある。ただただ
     眠りこけて気が付いたら次の日の朝
【4月7日】手術翌日 朝食が美味しかった。自動販売機でコ-ヒ-を買ってきてもらい
     みんなで飲んだ。忘れられない味。
 
     主治医の消毒の回診で、初めて手術跡を見ると0.3×2cmの白いテ-プが
     傷跡10cmの間を縦に無数貼られていた。
     
     昼間は次女がいるので話し相手がいた。たまに二人で一つのベットに熟睡し看護婦
     さんに笑われる。
     今年の花見は病室から見える遠くの三本の桜の木。ピンクのつぼみから
     白く華やかな開花した桜。そして桜吹雪まで。
     勿論左手の薬指の可愛い桜。病室に一枚ずつ落としていったみたいだが。

     6人部屋のKさんに話しかけられて同病と知った。Kさんに紹介されて同室の人から
     いろいろな情報をいただく。
     次の日もKさんが迎えにきてくれて病院内を探検した。連絡先も聞けずに退院して
     しまったがどうされてるかな。

【4月11日】退院 
     今日は離れて住んでいる長女がタクシ-で迎えにきた。
     「なかなか休みが取れず家の事全てを次女任せにした事を申し訳ない。」
     といって謝ってくれる。

  

私はひとりで子育てしてきたと思っていた。
いつもはなんにもしないで文句ばかり言ってる娘達。
父親役も母親役もひとりでかたに背負ってきたくらいに思っていた。
私が皆をずっとずっと守っていたと思っていたのに
3回のお産のときも1日も病院に来なかった忙しい夫は、私がこの病気になってから何回も休みを取り来てくれた。
三女も慣れない大学生活のなか必要なガイダンスを受けながら夕方には必ず顔を見せ、
学校のことなど面白い話で私を笑わせてくれた。

皆に守られて包まれて有難う~☆

と思っていたら退院したら直ぐまたわがまま娘に戻っている。
(でもこの時の事は忘れません。m(_ _)m )
夫はあれから変わらず優しく変身したままでいる。どうぞこのまま変わりませんように。
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by saki0729break7 | 2007-03-07 16:58 | 乳癌治療の日々

絵門ゆう子さんのこと

昨年2006年4月6日手術の日
朝から緊張していた。

朝の食事はなかったような気がします。(覚えていない)
7時頃、家族が来る前にカ-ドを挿入しテレビを付けた。

「エッセイストの絵門ゆう子さんが亡くなりました。」
いきなりアナウンサ-の声が耳に入ってきた。
絵門ゆう子さん?聞いたことがないなぁ。

テレビを見るとたしかNHKの元アナウンサ-の顔が映っている。
たしか池田ゆう子さんという名前だったよな。この人。

「彼女は乳がんと闘って・・・・・・・・・。」

ぬぁに~~~~~~~~!!!!!
これから乳がんの手術を受けようとしているのに。いきなりディ-プなニュ-スだよ(>0<)
すぐにチャンネルを替えて違う番組に。
ぎぇ~~~~~~!!!どこも絵門さんのニュ-スばっかりだ!

結局その日から退院する日まで
ニュ-スとワイドショ-の時間帯にテレビを付けて見ることはなかった。


でもその日から私は彼女の事が気になって仕方がなかった。
私が手術入院をする前の日に亡くなり、私が手術した次の日が告別式。
そして公の報道は私が手術する日。
退院してからも不思議と彼女の名前を耳にする。いや耳に残るんだ。

彼女はどんなふうに癌と向き合ってきたのか。

最近やっと彼女のことを知りたいと思うようになった。
「がんと一緒にゆっくりと」「がんでも私は不思議に元気」などの本を書き、朝日新聞に闘病の連載を書き、癌の事を「がんちゃん」と呼ぶ。
きつい闘病のなか、各地で朗読会や講演会などの活動を続け、最後まで生きて生きて生き続けた人だと解かった。

亡くなった年の6月1日に「がんと一緒にゆっくりと」が出版された
私の誕生日。・・・・・・・・・・・・・・・・ぜ~んぶこじ付けだけど・笑

ホ-ムペ-ジを開いたら4月8日
「絵門ゆう子さんの朗読会」があることを知った。
早速チケット購入したので神奈川から愛車ティマちゃんに乗って湾岸線通って2時間かけて聞いて来ますv(^o^)v

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                        ほら不思議にチケットの番号も0601なの^^



絵門さんの朗読会の宣伝じゃないんですよ。
こういう写真を載せていいのかな???
もしル-ル違反だったら直ぐに削除しますのでコメントにて教えてくださいねm(_ _)m
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by saki0729break7 | 2007-03-04 14:42 | 乳癌治療の日々

なんでもかんでも

今日は仕事の日でした。
お昼ごろからちょっと左足に違和感が。
朝から忙しくあっちにこっちに走り回っていたから知らないうちに挫いちゃったかな?
と思いながらなんとか無事仕事を終え、机に就いた途端向う脛の後ろに激痛が・・・・。

しばらくうずくまって動けない 足を動かすことさえできない。
んうぅ~~っ!!!!!

左足・・・。術側・・・・・・・・・・。?
中学から部活で8年間バレ-ボ-ルをしていた私が
このくらいの忙しさで筋肉痛になるはずはない。体力だけは自信があるのだから。

20分くらい休んでいたら痛みもとれ普通に歩けるようになった。
なんなのこれは!!!
もしかして~~~~~~~~・・・(冷や汗)




12月にもこんなことがあった。
その時は お腹にシコリが!

自分でシコリを見つけて乳がんを発見した私はシコリには敏感。
でもまさかお腹なんて関係ないでしょ。
お腹にシコリなんて聞いた事がないし主治医の診察を受けるまでもない。
と思いながらやっぱり気になって仕方ない。そう思うとだんだん大きくなっている気がするよ。

安心するために近くの内科に仕事の帰りに受診しました。
乳がんの手術をした事。ホルモン治療をしている事。リュ-プリンの皮下注射をお腹にしている事。報告していざ横になり触診。

「あ-ある。ある。」「う~~~~ん。乳がんかぁ~僕は白とは言えないねぇ」
「ちゃんと主治医の先生に診てもらって検査したほうがいいよ。」

って安心するために来たのに返ってものすごぉ~く不安になってしまった。
ここで学んだ事は普通に見てもらったら笑われるような症状でも
一度癌になった人はなにが起こるかわからないから他の個人病院では判断してもらえない。
癌とはそういう病気だという事。

次の休みに乳腺外来に電話して
「気になるところがあるので今日診てもらえますか?」と受付に確認すると
K医師はなんと1週間の休暇中!!!

この不安な気持ちのまま1週間も過ごすのぉ~~~~~~。

これが私とブログとの出会いに繋がった。
シコリの位置がなんとなく前回打った注射の位置に近いような気がする
これはもしかして注射の副作用かも??

検索キ-ワ-ド-はリュ-プリンの副作用。
ホットフラッシュ。腰痛。偏頭痛。鬱。そんな症状が書かれていた。
相談室に入ってみた。あった!
≪おなかにシコリができる人がいる。≫

そこから乳がんという病気・自分が罹患した病気を調べ始めた。
(おそいよ!。。。。。。。だってこわかったんだもの。って誰に言ってるのよ・笑)



それにしてもあの左足の痛みはなんだったんだろう
加齢のための引きつれ?
今は全然痛くない・・・・・・・。

なんでもかんでも・・・・結びつけてしまう。
取りあえずしばらく様子をみてみます。
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by saki0729break7 | 2007-03-03 00:58 | 乳癌治療の日々

回想②入院まで

【2月14日】○○大学病院にて初診・・・このとき仮の告知を受ける。病院にいた時間はなんと
       8時間
【2月21日】細胞診・・・ギャ-「ちょっとチクッてしますよ」なんて嘘じゃん!!!! 
       きっとその時の私の顔はクシャおじさんになってたよ。
【2月23日】MRI
【2月28日】家族同伴で正式な告知を受ける。
       乳がんの手術には温存と全摘がある。それはがん細胞の大きさ・進行度・年齢
       リンパ節への転移の有無などから判断して決める事。
       図にかいて説明。(でも字が汚くて今見ても良く解からない・・うぅ-ん)
       そしてセンチネルリンパ節生検の説明と7枚の説明書・同意書を渡される。
        <簡単にいうと>
         がん細胞が一番最初に到達するリンパ節に転移が認められなければ 
         95%の確率で全リンパ節への転移はないと欧米の臨床検査では
         確認されている。       
         体に色の付いた液を流しその最初に到達するリンパ節(見張りリンパ節)を
         を見つけ転移していなければリンパ節を郭清する手術は必要はない。
         日本ではまだまだ臨床研究中であなたの参加はこれからの患者の
         デ―タの元になるため費用は病院で負担します。
         というようなことだった。
【3月9日】骨シンチ(ほねしんち?こつしんち?)・血液・尿・呼吸機能・循環機能検査
【3月20日】CT検査
       午前中は仕事に行きお昼ご飯はとらず家に帰り、車(13才の愛車ティマちゃん)
       に乗り急いで病院にいった。予約時間15分前に着いたが
       点滴をして機械の中に入った途端 花粉症勃発。連続したくしゃみと同時に
       技師看護師がみんな集まった。そんなに大袈裟に。と思ったが
       稀に気分が悪くなり亡くなる人がいるからと検査のあと1時間も隣の部屋に 
       寝かされた。(ヒェ~~~~~~~~~~怖いよ)
【3月22日】家族同伴で手術の説明
       手術日はまだ決まらない。初診日より1ヶ月以上たっているのに・・・。
       「いつごろになりますか?」と聞いたら4月の後半くらいかなと言われた。
       いつ行っても乳腺外科の外来は患者さんでいっぱいだから
       なかなか順番が来ないのだろうか。
       私の体の中で日々成長しているであろう癌細胞を一日でも早く取り除いて
       しまいたい。セカンドオピニオンか。でもこの病院には父に導かれて来たのだ。
       悩んで悩んで悩んだ。なにが一番いいのか・・・・・・・。
       結局「何年もかけて今の大きさになったんだから1~2ヶ月では変わりませんよ。」
       との主治医K先生の言葉を信じて命を預けることにした。
【3月30日】病院から電話で入院と手術の日程を聞く。
       入院4月4日・手術4月6日に決まった。



とここまで一気にずざ~~~~~と書いてしまいましたが
この間娘の高校卒業式。大学入学式。そのための準備買い物・・・・などなど
予定していた夫の実家への里帰りをキャンセルしたり
気になる夫の事や確定申告 休みの日を使って目まぐるしく動いていた。
だから入院した日は少しホッとした。

今まで夫の事・子供の事を最優先に生きてきて(皆さんも同じでしょうが)
えっ私の人生は?
私あと何年生きられるの?
手術室からちゃんと戻ってこれるの?

もしまだ寿命があるなら今度は自分の為にお金も使って
自分の為の人生を考えよう。
私のために。

あれから1年
九州・富山・シンガポ-ルと行きたいところに行っている。
勿論妻として母としてを忘れたりはしませんよ(あ-でも時々忘れてるかも)
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by saki0729break7 | 2007-03-01 13:44 | 乳癌治療の日々

外科診察・・9ヶ月検査結果

検査といっても胸とお腹のエコ-・血液検査だけの簡単なもの
だけどやっぱりドキドキする。

○○大学病院の外科外来は待合室が廊下なのです。
いつものように3番診察室の前で待っていたら5人目位で呼ばれた。
診察室のドアを開けるとつい立があってそこを回って先生にご対面。
今日はドアを開け「失礼します。」と入った時
「sakiさん何もありませんでしたよ~。」とつい立の向こうから声がした。
そんなぁ~・・・・まだドアも閉めてないのに・・・
でも悪い結果じゃなかったから早く安心させてくれようとの配慮かな。

椅子に座って次の予定を聞く
リュ-プリンの注射の予約(注射専門の先生)・薬の処方・次の診察
「今度は5月 この時1年目のいろんな検査をしましょう。ハイいいですよ。」

所要時間3分  これじゃぁ余分な話もできない・・・・・(ため息)
でも待合室で待っている同病の人たちのことを考えると我儘なんていってられない。
時々強引に近況を話すとニコニコ笑いながら話に付き合ってくださるので
まぁいっか(><)

K先生は熊のプ―さんみたいだ
大柄でちょっと太り気味 笑うと目がなくなる・・・・・
でも私 いつも顔が思い出せない
職業柄(接客)人の顔と名前と簡単なエピソ-ドはなるべく覚えておくようにしているのに
つい立を回る度に違う人が座っているんじゃないかと思うくらい。
声を聞くと何処にいてもわかると思うんだけど

いつか患者仲間と
「先生は毎日大勢の患者さんと接しているので私達一人々々の顔なんて覚えてないよね-
外で会ってもわからないかも。」と話したことがある。
失礼な話だが私は先生と外で会っても判らないかも・・・・。
あっ・でも声を聞けば一発。あと熊のプ-さんのシルエットだけでも大丈夫。

そんな訳で今日も穴のあくほど凝視して来ました。
うぅ~んやっぱり覚えられない。
何故に?????

今日は先生にいただいた あけ○の会の
「わたしのカルテ」に結果を記入にてもらいました。
問題は次回の検査。。。。。。。

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by saki0729break7 | 2007-02-27 14:20 | 乳癌治療の日々

回想①シコリ発見から初診まで

1年前の2月の初め単身赴任中で心配な主人の所へ行くために
1週間仕事の休みをもらって三女と計画を立てていた頃
左胸に5百円玉位の塊を見つけた。
感触は柔らかいようなこりこりしている様な感じ。
休み前の出勤の日、前の年に乳癌の手術した同僚に触ってみてもらった。

「sakiさんのは柔らかいから違うと思うよ。私のはもっと固かったもの 
気になるならちゃんと病院に行ってみてもらった方がいいよ。」

なぁ~んだ やっぱり!そーだと思ったんだよな。
これで安心して明日から夫の待つS県に行ける。
ただこのまま放っておく訳にはいかないので。
取りあえず次ぎの休み3月に入ってからどこか病院を探そう!
そんなふうにのん気に考えながら床に就いた。

朝 突然大きな耳鳴りのような声に目が覚めた
その声は「病院に行け!病院に行け!病院に行け!」
とすごい勢いでこだます。
時計を見たらまだ4時で もう眠れない。

あれは私の父の声?
20年以上も前に若くして他界した父は
時々私の傍に居るような気がする時がある。

仕方がないので重い腰を上げて
1日旅行の予定をずらして病院探しに取り掛かる。
「乳房の事は乳腺外科よ。」
友達のこの一言で近くの大学病院にいきなり電話して
乳腺外科の有無と外来の受付の有無を確認し飛び込んだ。

触診をしマンモグラフィとエコ-を取り
その段階で9時半に入ったのに17時近かった。
次に呼ばれ診察室に入ったとき
マンモの写真を見て
「たぶんそうですね。」と言われた。
???
「悪性でしょう。」
ア・ク・セ・イ?
「乳癌でしょう。」
三度も言わせてしまった。先生ごめんなさいねm(_ _)m
(後で聞くとK先生はわざわざ紹介状を書いてもらってくる人が多い名医だったらしい)

今から考えると
そのときの
k先生の顔は覚えていない
ただマンモの写真に写った星のようにきれいな白い影。
(あまりにも実感がなくきれいだと思った)
そして先生のこの三つの言葉だけが目と耳に残っただけ。

その日の事もあまり覚えていない
ただ病院の駐車場で30分ボ―ッとして
娘達にメ-ルで知らせた。内容も覚えていない。
家に帰って食事の仕度をしていると次々に帰ってきた娘達が抱きついてきた。
「お母さん頑張るから大丈夫だよ」って言ったような気がする。
この娘たちの結婚式を見るまでは孫の面倒(ふつう顔だよね 笑)を見るまでは
死ねないと思った。

1年前のことを思い出しながら整理して書くのって難しい!
いえ私の文章能力がないだけでした(恥)

ただ言える事は
いろんな偶然に感謝☆娘達や夫や友達に感謝☆父にも感謝☆
行動力だけはあるけれどあまり何も考えないで動く私が
なんとかまとも?に生きてこれたのは皆さんのおかげです。
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by saki0729break7 | 2007-02-26 19:47 | 乳癌治療の日々