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ここらでまったりお茶でもどうぞ☆


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我が夫はいままで一度も私の作った料理にケチをつけた事がない。
それは私が料理が上手だからではない。
自分でも失敗したと思う品も数知れない。
しかし夫は「ママの作った料理は最高だね」と全部平らげてくれる。
かなりの忍耐力だ。

結婚して間もない頃は
ほうれん草のゆで汁に塩を入れないで茹でたり、苺を洗剤で洗ったり・・・・・。
かなりひどい料理を出したもんです。m(_ _)m
その度に美味しいと全部たべてくれる夫に感謝し
私は日々もっと上手く料理を作りたいと頑張った。
夫が私を褒めてくれることは料理以外はほとんどないのです(汗)

長女は 夫と同じ何でも美味しいと好き嫌いなくお腹いっぱい食べる平らげる。
次女は 美味しいときはおいしい。まずいときは「これはちょっと」と残す。
三女は 嫌いな物でも「これと~ても美味しいね」と言って残す。

私はこの4人(今は長女は外にいますが)のおいしい笑顔を見るために
そして空になったお皿を見るために料理にお菓子作りに夢中になったのです。
ほとんどが自己流(何かのアレンジ)なのでいまでもひどい物を
我が家の家族は口にしなければならない・・・・・・(悲劇)

そんな訳で
好きなお菓子作りと料理作りの記録をここに残していきたいと思います。
できればここを訪れて下さった方に目で召し上がっていただければ嬉しいです♪
(あなたは長女派 次女派 三女派?)
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by saki0729break7 | 2007-02-28 20:27 | お菓子(料理)

外科診察・・9ヶ月検査結果

検査といっても胸とお腹のエコ-・血液検査だけの簡単なもの
だけどやっぱりドキドキする。

○○大学病院の外科外来は待合室が廊下なのです。
いつものように3番診察室の前で待っていたら5人目位で呼ばれた。
診察室のドアを開けるとつい立があってそこを回って先生にご対面。
今日はドアを開け「失礼します。」と入った時
「sakiさん何もありませんでしたよ~。」とつい立の向こうから声がした。
そんなぁ~・・・・まだドアも閉めてないのに・・・
でも悪い結果じゃなかったから早く安心させてくれようとの配慮かな。

椅子に座って次の予定を聞く
リュ-プリンの注射の予約(注射専門の先生)・薬の処方・次の診察
「今度は5月 この時1年目のいろんな検査をしましょう。ハイいいですよ。」

所要時間3分  これじゃぁ余分な話もできない・・・・・(ため息)
でも待合室で待っている同病の人たちのことを考えると我儘なんていってられない。
時々強引に近況を話すとニコニコ笑いながら話に付き合ってくださるので
まぁいっか(><)

K先生は熊のプ―さんみたいだ
大柄でちょっと太り気味 笑うと目がなくなる・・・・・
でも私 いつも顔が思い出せない
職業柄(接客)人の顔と名前と簡単なエピソ-ドはなるべく覚えておくようにしているのに
つい立を回る度に違う人が座っているんじゃないかと思うくらい。
声を聞くと何処にいてもわかると思うんだけど

いつか患者仲間と
「先生は毎日大勢の患者さんと接しているので私達一人々々の顔なんて覚えてないよね-
外で会ってもわからないかも。」と話したことがある。
失礼な話だが私は先生と外で会っても判らないかも・・・・。
あっ・でも声を聞けば一発。あと熊のプ-さんのシルエットだけでも大丈夫。

そんな訳で今日も穴のあくほど凝視して来ました。
うぅ~んやっぱり覚えられない。
何故に?????

今日は先生にいただいた あけ○の会の
「わたしのカルテ」に結果を記入にてもらいました。
問題は次回の検査。。。。。。。

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by saki0729break7 | 2007-02-27 14:20 | 乳癌治療の日々

回想①シコリ発見から初診まで

1年前の2月の初め単身赴任中で心配な主人の所へ行くために
1週間仕事の休みをもらって三女と計画を立てていた頃
左胸に5百円玉位の塊を見つけた。
感触は柔らかいようなこりこりしている様な感じ。
休み前の出勤の日、前の年に乳癌の手術した同僚に触ってみてもらった。

「sakiさんのは柔らかいから違うと思うよ。私のはもっと固かったもの 
気になるならちゃんと病院に行ってみてもらった方がいいよ。」

なぁ~んだ やっぱり!そーだと思ったんだよな。
これで安心して明日から夫の待つS県に行ける。
ただこのまま放っておく訳にはいかないので。
取りあえず次ぎの休み3月に入ってからどこか病院を探そう!
そんなふうにのん気に考えながら床に就いた。

朝 突然大きな耳鳴りのような声に目が覚めた
その声は「病院に行け!病院に行け!病院に行け!」
とすごい勢いでこだます。
時計を見たらまだ4時で もう眠れない。

あれは私の父の声?
20年以上も前に若くして他界した父は
時々私の傍に居るような気がする時がある。

仕方がないので重い腰を上げて
1日旅行の予定をずらして病院探しに取り掛かる。
「乳房の事は乳腺外科よ。」
友達のこの一言で近くの大学病院にいきなり電話して
乳腺外科の有無と外来の受付の有無を確認し飛び込んだ。

触診をしマンモグラフィとエコ-を取り
その段階で9時半に入ったのに17時近かった。
次に呼ばれ診察室に入ったとき
マンモの写真を見て
「たぶんそうですね。」と言われた。
???
「悪性でしょう。」
ア・ク・セ・イ?
「乳癌でしょう。」
三度も言わせてしまった。先生ごめんなさいねm(_ _)m
(後で聞くとK先生はわざわざ紹介状を書いてもらってくる人が多い名医だったらしい)

今から考えると
そのときの
k先生の顔は覚えていない
ただマンモの写真に写った星のようにきれいな白い影。
(あまりにも実感がなくきれいだと思った)
そして先生のこの三つの言葉だけが目と耳に残っただけ。

その日の事もあまり覚えていない
ただ病院の駐車場で30分ボ―ッとして
娘達にメ-ルで知らせた。内容も覚えていない。
家に帰って食事の仕度をしていると次々に帰ってきた娘達が抱きついてきた。
「お母さん頑張るから大丈夫だよ」って言ったような気がする。
この娘たちの結婚式を見るまでは孫の面倒(ふつう顔だよね 笑)を見るまでは
死ねないと思った。

1年前のことを思い出しながら整理して書くのって難しい!
いえ私の文章能力がないだけでした(恥)

ただ言える事は
いろんな偶然に感謝☆娘達や夫や友達に感謝☆父にも感謝☆
行動力だけはあるけれどあまり何も考えないで動く私が
なんとかまとも?に生きてこれたのは皆さんのおかげです。
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by saki0729break7 | 2007-02-26 19:47 | 乳癌治療の日々

乳癌のプロフィ-ル

左乳房温存(センチネルリンパ節生検0/1)リンパ節転移なし
腫瘍の大きさ 2.3×1.3cm
ステ-ジ2a 
浸潤性乳管癌  硬癌
ホルモン受容体  エストロゲン+ プロゲステロン+
HER2受容体  ー
核異型度 (グレ-ド) 2

現在の治療はタモキシフェン― ノルバデックス(後進薬のソシゲ-ン) 5年<経口剤>
          途中でアロマタ-ゼ阻害剤に変更予定
      LH・RHアゴニスト製剤―リュウプリンSR 2年<注射>

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ノルバデックスの後進剤 
費用の比較・3ヶ月分
・ノルバデックス(13560円)
・スケリング(7480円)
・ソシゲ-ン(3230円)
・タスオミン(不明)




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リュ-プリン4週分
(15430円)
リュ-プリンSR12週分
(27770円)







私は同病の方のブログを見るまで自分の病理を知らなかった
だけどいろいろな方を訪問し(ほとんど読み逃げです。すみません)
自分がどんな癌の種類なのか
その治療方針はみなさんと比べてどうなのか・・・。
そこから入ったので本当は最初の画面に入れて目に付くようにしたかった。
でもどうやったら入れられるのか解からないのでカテゴリのなかに入れました(苦)
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by saki0729break7 | 2007-02-25 22:44 | 病理

はじめに

2006年2月お風呂でシコリを見つけ4月に乳癌の手術をしました。
最初の頃は強がって<明るい乳癌>と元気に振舞っていたけれど
ホルモン治療が始まった頃から涙が止まらなくなった。

8年前九州のF県から始まり転々と単身赴任をしている夫に心配をかけてはいけないと
家庭の事・子供の事報告はするものの反抗期 学校のこと いろいろな出来事を
全部一人で乗り越えてきた。
いつか長女に「お母さんはウルトラマンみたいだね。」
と言われた事がある。

その年のお正月 夫の様子がおかしい
長年の単身赴任のストレスに耐えきれなくなったのだ。
ちょうど三女が推薦で大学合格通知をもらい、長女と次女は就職していたので
母親としての子育ては一段落?
また私の出番?
こんどは子供たちをこの家に残し、近畿のS県へ
ウルトラマンになって夫を守りに行こう!

そんな決断をしたばかりの時に乳癌の告知を受けた。

乳癌で夫のところに行けなくなった。
ところが乳癌の妻を心配しての会社の配慮で夫は8年の単身赴任にピリオドを打った。
私はあまり泣かない。夫にも昔から頼らない。
可愛くない女性だったかもしれないと思う。
ホルモン治療が始まった頃、
どうしようもない不安と恐怖におそわれて
夫に泣きながら抱きついた。
<拒否される、軽くあしらわれる!!!!>
(昔そうされた経験がある。そういうことの積み重ねで強くなった)
と思った瞬間ギュッと抱きしめられて
「大丈夫皆が付いてるよ。両胸なくなったってママはママだよ。」
って言ってくれた。

それから後はなにがどうなったか解からないほど泣き崩れた。
泣いてもいいんだ。頼ってもいいんだ。
その日から悲しみが堂々と表にでていつでも何処でも涙~涙~涙~
(家族以外の人の前ではとりあえずなきませんよ)

そんな時ある人のブログに巡り会った。
そこからは【あなたは一人じゃないよ】というメッセ―ジが伝わってきた。
毎日毎日朝から夜まで拝見していたらいつの間にか泣かない自分に気が付いた。
ブログってすごい!顔も知らないバ-チァルな世界なのに
こんなにも励まされるのか

私にも誰かを励ますことができたらいいな(><)
お友達ができたらいいな
そんな思いからブログ開設することにしました。(解からない事だらけだけど)
宜しくお願いしますm(_ _)m
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by saki0729break7 | 2007-02-25 21:39 | ブログ開設にあたって