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回想④放射線治療初診

【5月25日】放射線科診察       
       受付を済ますと5分位で呼ばれた。
       待合廊下には2人。閑散としている。ここが乳腺外科と違うところだ。
       乳腺外科は常時20~30人の人で熱気を帯びているもの。

       中に入り担当医師N先生と初挨拶
       ん?????
       後ろに学生らしき若者が3人。
       白衣は着ているものの靴はスニ-カ-
       そうだここは大学病院なのだった。
       後ろの学生は今日は放射線科のお勉強なのでしょう
       でもいささか少し飽きたという感じ。

       N先生、学生のことには触れず
       これからの治療の説明を始めた。
       まず治療の効果・局所治療として外科的手術と放射線治療がある。
       目に見えるがん細胞を手術で取り除き、目に見えない術側の散らばった
       小さながん細胞を照射で殺します。
       その後全身治療としてホルモン療法・化学療法で
       全身のがん細胞の再発を阻止します
       いずれも身体に毒を入れ癌を殺すので、副作用が出てくる場合がある
       そんな話だったと思います。 間違ってたらすみません。  

       放射線治療の副作用は
       照射部分が赤くただれ
       個人差があるが皮が剥けたり汁が出たりする。
       症状により飲み薬と塗り薬を出します。
       25回。5週間。50グレイ。土日を除き毎日通う。照射時間は2分弱。・・・・

       後ろの学生のためにわたしには理解不能な専門用語で
       延々説明。。。でも先生、後ろの学生さん達さっきからアクビしてますけど(怒)
       こっちは命懸けてるんですけど(心の中でつぶやいた)

       そして「それでは診せてください。」とN医師。

       ・・・・・・・・・・・えっ?えっ?えっ?       
       どこ見せるのこんなところでいくらお医者さんの卵とはいえ
       お腹?足?背中?
       いやだぁ~~~~~~~~(泣き)  
      
       だって今先生が≪診せて≫と言った途端に
       後ろの若者たち目がシャキ☆
       前傾姿勢になったよ。さっきまでアクビしてたくせに(涙)

       あんた達こんなおばさんの胸見たいの??
       あたしゃぁ~いやだよ。
       いくら年とっても女心はまだ残ってるもん。
       なんだか見世物になった気分だった。
       悲しかった。自分が女性であるからこそ感じる屈辱。
       
       学生の立会いを前もって承認させてくれていたら・・・・・
       医療に立ち会う学生は患者の不安な気持ちを認識し、
       もう少し真摯な姿勢で勉強していてくれたら・・・・
       こんな屈辱的な気持ちにはならなかったと思う。
       退屈な授業中に先生がおもしろいものを見せてくれた
       うまく表現できないがそんな感じだった(怒)
       
       この日の私は凄く嫌な顔をして内診を受けたと思う。
       それ以来N担当医の後ろに学生を見た事はない。


              
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by saki0729break7 | 2007-03-13 21:25 | 乳癌治療の日々

わが愛車の事

私の記録としてブログに記す時
わが愛車のことを外す事はできないんです。
今日ここを訪れてくださった方・・・よかったらちょっとだけお付き合いくださいね。

彼女は13歳・・・いつの頃からかティマちゃんと名前がついた。
人間の寿命からすればずいぶん年を取っている

初めて我が家に来たときは三女がまだ6歳だった。
天井の窓が開き、椅子がベットになって
子供達は大喜び♪

ある時は親友家族も乗せて広島へ。。新潟へ。。
またある時はママさんバレ-の試合の往復で大活躍。
車内の中はいつも笑いに溢れていた。
いつも私と一緒。
みんなあなたが大好き。
この車に乗ると楽しくなると言う。

一度子育てでどうしようもなく行き詰まり
夜中、富士山を見に静岡までプチ家出した事があった
カ-ッとなった自分を反省し冷静になれた
高速の駐車場で明るい月夜に照らされた富士山のシルエットを見て
沼津インタ-で折り返し帰ってきたら夜明けだったことがある。

あの日も・・・・
運命の仮告知を受けた日も
私は会計を済ませまっしぐらに駐車場に止めてあるティマちゃんに乗った
あなたは私を暖かく包み込んでくれたよね。
 
もしこの告知を受けたのが夫だったら・・・。娘だったら・・・・
私はきっと今以上に辛いだらう。
自分の生活もガラリと変わるだろう。
私でよかったのだ。。。。。
ティマちゃんに包まれて30分かけて納得した。

何回も修理を繰り返し
後何年一緒にすごす事ができるかな
子供達の成長をずっと見守り続け
私の心の喜び憂いを全て知っている。

ありがとうティマちゃん
もう少し私と一緒に過ごしてね
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by saki0729break7 | 2007-03-12 09:17 | 日常のあれこれ

回想・決断編

昨年7月放射線治療が終わった次の診察日
主治医よりこれからの治療方針を決めましょうと言われた。

えっ!なんにも考えてこなかった私は戸惑ってしまった。
(ブログで訪問していて皆さんの記事を読む度、
                     なんで勉強しなかったのかと情けなくなってしまう)


主治医が言うには
ステ-ジ1であれば 抗がん剤の必要なしだけど
sakiさんの場合は3ミリ超えてステ-ジ2a
ホルモン受容体はプラスなのでホルモン治療の良く効くタイプです。
このままホルモン治療に入っても間に抗がん剤治療を入れてもどちらでもいいけど、
どうする?

なんにも予備知識のなかった私は
①抗がん剤の治療は通院でできるのか
②体力的に消耗し脱毛のリスクを負うというがそれだけの効果が得られるのか
③今とりあえずホルモン治療のみにして後で抗がん剤の追加オプシヨンは可能か
④先生の奥様がもし私の立場であったら医師である夫としてどう選択するか
の4つの質問をした。いきなりだったのによく出てきたと今でも思うが。


で主治医の答えは
①入院が必要です。
②全く効果がないとは言えません。
 統計の数字に何かを×(乗じ)て・・・ノートに書いてくれて。。でも難しくて覚えられない。
 ただそんなに効果があるようには伝わらなかった。
③後から抗がん剤追加は不能です。今日決めた事が今後の治療として決定されます。
④年齢がなぁ~・・・若年でもなければ閉経後でもない。一番微妙な年齢だからなんとも言えませんね。


この短い時間に決断しなければならなかった。
先生来週まで待ってくださいと言えば待ってくれたかもしれないと今思う。
この時ブログに出会っていたら・・・たぶん抗がん剤を受けたと思う。
同じ思いで闘っている友と情報交換し頑張っていける気持ちになっただろう。
私は孤独だった。まわりに友達は沢山いてもこの病について治療方針について相談できる友はいない。
どんなに家族や友に心配してもらって応援してもらってもこの治療をするのは自分自身だけなのだから・・・。

私は今の仕事が好きだ。
実際1ヶ月半休んでいただけなのに多くの取引先(殆どおばあちゃんだけど)に
どうしたの?辞めちゃったのか心配してたのよ。とあったかい言葉を貰った。
仕事仲間もいい人ばかり。なかなか次には望めない。この年だし。笑

週3日のパ-ト勤めだけど結構生きがいになっている。
1年に2回も入院することは退職を意味することになるだろう。
もっとも乳がんにならなければ仕事は辞めて夫の単身赴任先に子供を置いて一人で行くつもりでいたんだけどね(苦笑)
自分の今後のQOL「生活の質」を崩さないためには仕事を続けたい。
そんなに効果も上がらないようだし
抗がん剤はやめるしかない。

短い時間だったが私には1時間以上が経ったように感じられた。
さんざん悩んで私は仕事を選んだ。
自分の寿命と引き換えに仕事を選んだのだろうか。
今でもそんな気持ちが頭をよぎると不安と恐怖と後悔で鬱になる。

そんな時思い出すようにしている言葉がある。
この決断をしたときの主治医の
「間違いではないと思うよ。それも正解でしょう。」
帰り際にも小さな声で「それも正解でしょう。」
たぶんその時私の顔は、生気が抜け現実世界に生きていないような表情をしていたと思うから・・・。

あぁ~
もう自分で決めたことだ。
見えない相手を恐れたって仕方がないじゃない。
前を見て生きていくしかない!!!!!
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by saki0729break7 | 2007-03-10 17:46 | 乳癌治療の日々

携帯からテスト


これは3年前にベランダから撮った写真。
心配した地震は来ませんでした。

それにしてもこの写真 大きい。。。
どうやったら携帯で縮小できるのかな?
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by saki0729break7 | 2007-03-10 10:44 | 日常のあれこれ

お買い得

d0112010_0151114.jpg金目鯛1匹800円
赤魚じゃないの金目鯛なの!!
そりゃ~買うっきゃないでしょう。

あとホタテの稚貝180円
海老は300円
うちの近くにあるつるかめラ○ドの中の角○鮮魚センタ-はたまに掘り出し物がでる。



今日の夕食代(明日のお弁当含む)
締めて1680円也

右下は八宝菜
冷蔵庫のなかの野菜の残飯整理と
冷凍庫の豚肉で
何と安上がりで豪華な夕食ができました。


子供の教育資金でお金がかかり
節約するところは食費。。。
何年もかけて貯蓄した金額は大学入学などで
一瞬で消えていく。
やっと上の二人が就職し残るはあと一人というところで私の病気だもの。

癌ってお金のかかる嫌なやつなのだ。
でも今日は買い物上手な奥さんになった気分。

これだけ作って1680円は安いでしょ(^▽^)


お味は?
み~んな平らげていただきましたぁ。\(^o^)/
でもこの人達。。。味音痴だからな-!!!!


下の写真は昨日作った蕗のとうの炒め煮です。
みりんと味噌とちょっと砂糖で味付け
おとなの味ですよん(><)

d0112010_2212335.jpg
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by saki0729break7 | 2007-03-08 22:05 | お菓子(料理)

回想③入院・手術・退院

【4月4日】有休をとってくれた次女と前日に大学生になったばかりの三女に付き添われて
     次女の運転する車で病院へ。

     病室は二人部屋。8日間の入院中に隣のベットに入って来る人はいなかったので一
     人部屋のようなものだった。
     殆ど毎日次女が洗濯物をもって通ってくれたので寂しいということはなかったが、夜
     はさすがに不安だった。
【4月5日】テクネシウム-フチン酸の注射とリンパ管シンチグラフィ-撮影(センチネルリンパ
     節生検のための処置)

     夕方7時S県からかけつけた夫・長女・次女・三女同席でK主治医より手術の説明を
     受ける
     さすがに大学病院。こんなのもあった。
  ≪手術・検査等で採取された組織の寄贈及び診断・教育・研究のための使用の同意書≫
【4月6日】手術 午後1時より所要時間2時間
     朝食はなし・浣腸なし  
     次女がキレイに爪にア-トしてくれた。
     ピンクの下色に桜の花と花びらが散っている
     生まれて初めてこんなにきれいな衣装を纏った私の爪。バレ-ボ-ルのアタッカ-で
     夫より指も指輪のサイズも大きい
     10本の指に花が咲いた。でも看護師さんから爪の色で健康状態を確認するから
     取ってくださいと指示された。
     無理を言って1本だけ左の薬指を残してもらう。

     朝から寄り添ってくれた家族とG県からわざわざ新幹線で来てくれた親友Rさんの
     見守る中手術室に運ばれる。
     「sakiさん。センチネルでできましたよ。」との主治医の声で意識が戻った。

     病室に戻ると家族と親友が顔を覗き込む。
     痛みは全くまだない。尿の管と袋が腰から下につながり青い液が溜まっていた。
     ドレ-ンは付いていなかった。
     手術直後、主治医が手術室から出てきて家族に今取り除いた私の細胞と脂肪を
     みせてくれたそうだ。
     全体にピンクでがん細胞は白。きれいだったけど気持ち悪かったそうです。
     念のためにもらった安定剤は服用することなくいまも家の冷蔵庫にある。ただただ
     眠りこけて気が付いたら次の日の朝
【4月7日】手術翌日 朝食が美味しかった。自動販売機でコ-ヒ-を買ってきてもらい
     みんなで飲んだ。忘れられない味。
 
     主治医の消毒の回診で、初めて手術跡を見ると0.3×2cmの白いテ-プが
     傷跡10cmの間を縦に無数貼られていた。
     
     昼間は次女がいるので話し相手がいた。たまに二人で一つのベットに熟睡し看護婦
     さんに笑われる。
     今年の花見は病室から見える遠くの三本の桜の木。ピンクのつぼみから
     白く華やかな開花した桜。そして桜吹雪まで。
     勿論左手の薬指の可愛い桜。病室に一枚ずつ落としていったみたいだが。

     6人部屋のKさんに話しかけられて同病と知った。Kさんに紹介されて同室の人から
     いろいろな情報をいただく。
     次の日もKさんが迎えにきてくれて病院内を探検した。連絡先も聞けずに退院して
     しまったがどうされてるかな。

【4月11日】退院 
     今日は離れて住んでいる長女がタクシ-で迎えにきた。
     「なかなか休みが取れず家の事全てを次女任せにした事を申し訳ない。」
     といって謝ってくれる。

  

私はひとりで子育てしてきたと思っていた。
いつもはなんにもしないで文句ばかり言ってる娘達。
父親役も母親役もひとりでかたに背負ってきたくらいに思っていた。
私が皆をずっとずっと守っていたと思っていたのに
3回のお産のときも1日も病院に来なかった忙しい夫は、私がこの病気になってから何回も休みを取り来てくれた。
三女も慣れない大学生活のなか必要なガイダンスを受けながら夕方には必ず顔を見せ、
学校のことなど面白い話で私を笑わせてくれた。

皆に守られて包まれて有難う~☆

と思っていたら退院したら直ぐまたわがまま娘に戻っている。
(でもこの時の事は忘れません。m(_ _)m )
夫はあれから変わらず優しく変身したままでいる。どうぞこのまま変わりませんように。
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by saki0729break7 | 2007-03-07 16:58 | 乳癌治療の日々

天ぷら編

d0112010_019959.jpg

              この緑色の葉っぱはなんでしょう???




正解は蕗の若葉です!!
一般的に蕗は ふきのとうや蕗の茎を料理して天ぷらやきゃらぶきなどにしますよね。
でもこの若葉捨てたもんじゃないんですよ~。
筋もとらなくてもいいし苦味もないし。
炒めても煮てもすぐ味がしみ込み 特に天ぷらにしたら最高なんです。

この時期しか採れないので
毎年職場のおじさんが持ってきてくれるのを
首をなが~~~~~~~~~くして待ってるんです♪


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


ところであまり娘の話題は(しばらくは)避けようと思っていたんですが
先日の彼氏の言葉衝撃的だったので。


ちょっとだけ


「○○ちゃんは、何を作っても美味しいと全部たべてくれるんです。」
「明らかに失敗したと思った物も全部食べてくれます。」


えぇ~~~~~~~

うちの次女は私が入院している時も夕食作り、洗濯、掃除を率先して頑張ってくれ
料理も三人のうちでまずまず上手。
嫁にやっても少しは安心かな。とおもっていたのに・・・・・・。
全部彼氏がやってくれるとのこと。(土日に彼氏のうちでデ-トするとき)

あんたそれでいいのぉ~!

それに
失敗したものでも・・・・・

やっぱり!!!!!!

いままで私の料理が美味しかったのではなく
あなた達がなんでも食べてくれるんだったのか・・・・・・・・納得(悲しい)
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by saki0729break7 | 2007-03-06 20:21 | お菓子(料理)

絵門ゆう子さんのこと

昨年2006年4月6日手術の日
朝から緊張していた。

朝の食事はなかったような気がします。(覚えていない)
7時頃、家族が来る前にカ-ドを挿入しテレビを付けた。

「エッセイストの絵門ゆう子さんが亡くなりました。」
いきなりアナウンサ-の声が耳に入ってきた。
絵門ゆう子さん?聞いたことがないなぁ。

テレビを見るとたしかNHKの元アナウンサ-の顔が映っている。
たしか池田ゆう子さんという名前だったよな。この人。

「彼女は乳がんと闘って・・・・・・・・・。」

ぬぁに~~~~~~~~!!!!!
これから乳がんの手術を受けようとしているのに。いきなりディ-プなニュ-スだよ(>0<)
すぐにチャンネルを替えて違う番組に。
ぎぇ~~~~~~!!!どこも絵門さんのニュ-スばっかりだ!

結局その日から退院する日まで
ニュ-スとワイドショ-の時間帯にテレビを付けて見ることはなかった。


でもその日から私は彼女の事が気になって仕方がなかった。
私が手術入院をする前の日に亡くなり、私が手術した次の日が告別式。
そして公の報道は私が手術する日。
退院してからも不思議と彼女の名前を耳にする。いや耳に残るんだ。

彼女はどんなふうに癌と向き合ってきたのか。

最近やっと彼女のことを知りたいと思うようになった。
「がんと一緒にゆっくりと」「がんでも私は不思議に元気」などの本を書き、朝日新聞に闘病の連載を書き、癌の事を「がんちゃん」と呼ぶ。
きつい闘病のなか、各地で朗読会や講演会などの活動を続け、最後まで生きて生きて生き続けた人だと解かった。

亡くなった年の6月1日に「がんと一緒にゆっくりと」が出版された
私の誕生日。・・・・・・・・・・・・・・・・ぜ~んぶこじ付けだけど・笑

ホ-ムペ-ジを開いたら4月8日
「絵門ゆう子さんの朗読会」があることを知った。
早速チケット購入したので神奈川から愛車ティマちゃんに乗って湾岸線通って2時間かけて聞いて来ますv(^o^)v

d0112010_148919.jpgd0112010_14311768.jpg






                                                       
                       
                        ほら不思議にチケットの番号も0601なの^^



絵門さんの朗読会の宣伝じゃないんですよ。
こういう写真を載せていいのかな???
もしル-ル違反だったら直ぐに削除しますのでコメントにて教えてくださいねm(_ _)m
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by saki0729break7 | 2007-03-04 14:42 | 乳癌治療の日々

お雛様


d0112010_021370.jpg明かりをつけましょ ぼんぼりに~

今年もお雛様をなんとか
ぎりぎりで1週間前に飾りました
狭いマンションなので
親が奮発して買ってくれた7段飾りは
組み立てることはできず
ピアノの上にお内裏様とお雛様だけ。



一昨年までは大変なのでか飾らなかったのですが
あと何年かしたら嫁に行き(行けるのかなぁ~)
お雛様を飾ってあげることもできなくなるんではと思い昨年から出してます。

押入れの綿埃も掃除できました。
しかし1年でこんなにでるのかと思うほどの綿埃の量におどろき!!!
明日(すでに今日)は片付けなければ・・行き遅れる^^

内緒ですが(誰に?すでにこのブログは娘たちの知るところ。あんまりPC音痴なので)
今日次女の彼氏を紹介して貰ってきました。
某イタリアンレストランでランチです!

娘達の彼氏に会うのは初めてなので
緊張しましたぁ~~~~~~~~(>o<)
結婚を前提に付き合っているということなので
将来はわが義理の息子になるかも!!

私は男の子が欲しかったので産む前三人の娘達には男の子の名前しか考えていなかったの。
いまは女の子も良かったなと思いますがやっぱり男の子はいいですね。
ちゃんと礼儀正しく挨拶してくれて(嬉)
このお付き合いがどうなるか
二人がしあわせになるよう見守っていくつもりです(^▽^)
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by saki0729break7 | 2007-03-04 03:14 | 日常のあれこれ

なんでもかんでも

今日は仕事の日でした。
お昼ごろからちょっと左足に違和感が。
朝から忙しくあっちにこっちに走り回っていたから知らないうちに挫いちゃったかな?
と思いながらなんとか無事仕事を終え、机に就いた途端向う脛の後ろに激痛が・・・・。

しばらくうずくまって動けない 足を動かすことさえできない。
んうぅ~~っ!!!!!

左足・・・。術側・・・・・・・・・・。?
中学から部活で8年間バレ-ボ-ルをしていた私が
このくらいの忙しさで筋肉痛になるはずはない。体力だけは自信があるのだから。

20分くらい休んでいたら痛みもとれ普通に歩けるようになった。
なんなのこれは!!!
もしかして~~~~~~~~・・・(冷や汗)




12月にもこんなことがあった。
その時は お腹にシコリが!

自分でシコリを見つけて乳がんを発見した私はシコリには敏感。
でもまさかお腹なんて関係ないでしょ。
お腹にシコリなんて聞いた事がないし主治医の診察を受けるまでもない。
と思いながらやっぱり気になって仕方ない。そう思うとだんだん大きくなっている気がするよ。

安心するために近くの内科に仕事の帰りに受診しました。
乳がんの手術をした事。ホルモン治療をしている事。リュ-プリンの皮下注射をお腹にしている事。報告していざ横になり触診。

「あ-ある。ある。」「う~~~~ん。乳がんかぁ~僕は白とは言えないねぇ」
「ちゃんと主治医の先生に診てもらって検査したほうがいいよ。」

って安心するために来たのに返ってものすごぉ~く不安になってしまった。
ここで学んだ事は普通に見てもらったら笑われるような症状でも
一度癌になった人はなにが起こるかわからないから他の個人病院では判断してもらえない。
癌とはそういう病気だという事。

次の休みに乳腺外来に電話して
「気になるところがあるので今日診てもらえますか?」と受付に確認すると
K医師はなんと1週間の休暇中!!!

この不安な気持ちのまま1週間も過ごすのぉ~~~~~~。

これが私とブログとの出会いに繋がった。
シコリの位置がなんとなく前回打った注射の位置に近いような気がする
これはもしかして注射の副作用かも??

検索キ-ワ-ド-はリュ-プリンの副作用。
ホットフラッシュ。腰痛。偏頭痛。鬱。そんな症状が書かれていた。
相談室に入ってみた。あった!
≪おなかにシコリができる人がいる。≫

そこから乳がんという病気・自分が罹患した病気を調べ始めた。
(おそいよ!。。。。。。。だってこわかったんだもの。って誰に言ってるのよ・笑)



それにしてもあの左足の痛みはなんだったんだろう
加齢のための引きつれ?
今は全然痛くない・・・・・・・。

なんでもかんでも・・・・結びつけてしまう。
取りあえずしばらく様子をみてみます。
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by saki0729break7 | 2007-03-03 00:58 | 乳癌治療の日々